[雑記]あの日憧れた大人って

[雑記]あの日憧れた大人って

3月上旬。とある展示会に参加することになった僕は、1週間東京で滞在することになった。このコロナ禍において人と人が直接接する機会は減ったものの、以前に比べるとこうした展示会も比較的盛況さが戻りつつあるようだ。僕は後輩くんと一緒に展示スペースに立ち、交代しながら来訪者に対して商材の説明をした。普段、パソコンの前にかじりつくような生活をしているせいか、立ちっぱなしの状況は身体にダメージを蓄積させ、4日間続いた展示会の終わり頃にはヘトヘトになってしまった。

その週末に僕は後輩くんと羽田空港にいた。時刻は18時ごろ。自宅のある北海道への飛行機は20時過ぎなので、搭乗まで時間はある。とにかく体力が減っていた僕らは、夕飯でも食べようということで空港をぶらつくことにした。展示会は頑張ったし、自分へのご褒美に少しは贅沢でも…と思うも、空港内のレストランは軒並みお高めだ。1,500円、2,000円と、いくら贅沢とは言え蕎麦とカツ丼セットにこの金額は出せない。僕は去年40歳になったが、今も外食は1,000円を超えたらドキドキしてしまうくらいには、庶民感覚を忘れてはいないと思っている。

「どこも高いですね」と後輩くんは言った。彼は最近子どもが産まれて、家事も仕事も頑張っている良きパパだ。今回の出張も、コロナ感染のリスクを何とか乗り越えて来てもらっていた。「そうだね。どれも観光客向け価格みたい」僕は少し逡巡して、後輩くんを見た。「でもひとつ、僕はいい場所を知っている。こっちだ」

僕たちは食券を店員さんに渡し、カウンターに並びで座った。

「今日はちょっと奮発して上天丼にしちゃったよ」
 「いいっすねえ。僕はオールスターにしましたよ」
 「あっ、贅沢したねえー」

お分かりだろうか。てんやである。天丼という外食においては高級な部類に入るメニューをリーズナブルに提供してくれるてんやは、羽田空港という物価が2割増のエリアにおいても他店舗と同じ価格でいてくれる。僕らサラリーマンにとって非常にありがたい外食チェーンの1つだ。僕はやってきた上天丼の海老天をありがたくいただきながら、そう言えばとお昼ご飯の時のことを思い出していた。天丼を食べ終え、僕は後輩くんに話しかけた。

「そういえばさ、お昼はマクドナルドだったんだよね」
 「おー。そうなんですね」
 「そうそう。マック結構好きで。で、しっかり食べようと思ってビックマック頼んだの。ビックマックソース多めで」
 「ソースって多めにできるんですか?」
 「あ、そうだよ。注文するときに店員さんに言えばいいの。でね、僕がソース増やしてくださいって言ったら店員さん、なんて言ったと思う?」
 「え?なんか言われたんですか?」
 「『ソースなしでよろしいですか?』って聞き返してきたの。嘘でしょって思って。ソースのないビックマックなんて、そんなの…ソースのないビックマックみたいなもんでしょ」
 「いや、同じこと言ってますよ」
 「例えが思いつかんかった」

マスクをずらしてお茶を飲む。甘辛い天丼の余韻が少しばかり洗い流される。

「まぁ、結局はちゃんとソースを多めにしてもらってね。一人席で黙々と食べたんだよね。ビックマック」
 「はい」
 「そしたらさ、最後の方で思ったの。『あぁ、40にもなって僕はビックマックも綺麗に食べられないのか』って」
 「あー、レタスやら残りますよね。でもあれ綺麗に食べるの難しくないですか?」
 「うん。難しい。でもスマートに食べる方法はいくらかあるはずじゃない?例えばスプーンを合わせて頼むとか、何なら包みを箱じゃなくて紙にしてもらうとか」
 「まあ言われてみるとそうですね」
 「毎回それを忘れて普通にビックマック食べちゃうの。僕は、そんなスマートな大人に憧れていたのに」
 「スマートな大人」

僕らはてんやを出た。この日は週末で、北海道は荒れた天気になると散々予報に脅されていたが、飛行機はすんなり飛んで無事帰宅することができた。あの頃憧れていた大人。スマートな大人。いざその歳になってみると、体だけが老いてきて、気持ちはだらしがない大学生くらいの時のままだ。

このままじゃいけない。そもそもスマートな大人はてんややマックであれこれ言うのかとか考えちゃいけない。そう思った僕は、2年半も放置してきたブログをひさびさに更新したのだった。